JBFAの経営は、いかに評価すべきなのか?

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日頃より、ブラインドサッカー、ロービジョンフットサルを応援、ご支援いただき、ありがとうございます。JBFA専務理事の松崎英吾です。

 

二項対立の問いの意味

JBFAは中央競技団体(NF)でありながら、多様な事業を行っています。

以前のブログ「競技団体とJBFA」<リンク:https://stakeholder.b-soccer.jp/blog/jbfa-e38ee906-fad1-4119-b2a3-af7a82c79f9a?categoryId=23250>で触れた通り、JBFAがNFとして果たす機能には、以下が含まれます。

 ・日本代表の組織と国際大会への派遣

 ・日本代表を継続的に強化していくための活動

 ・競技者を、主に視覚障がい者に向けて広げていくための活動

 ・競技者を支える役割を広め、育てていく活動(指導者や審判員、医事従事者など)

 ・競技性の高い大会および、草の根を広げる大会の主催

 

また、NFとしては異例の機能として以下を挙げました。

 ・視覚障がい者以外にも、多様性の価値を体感してもらう活動

 ・視覚障がい者に関わる社会課題を、スポーツで築いたネットワークやアセット(組織的資産)で解消していこうとする活動

 

このような機能を、多岐にわたる事業や活動を通して展開していますが、では、このJBFAがうまくいっているかいないのかは、どのように評価されるべきでしょうか?

たとえば、NFしか果たせない使命ともいえる日本代表の国際派遣およびそこでの競技成績。パラリンピック出場や、メダル獲得は、別ブログで触れた「強化費」のアップダウンにもつながることであり、NFとしての評価の主軸ともいえます。

しかし、JBFAという組織のおける成績表としては、どの程度のウェイトが占められるでしょうか?

端的な問いとしては

代表が勝ちさえすれば、

 ・経済的に赤字は許容されるのか?

 ・視覚障がい者への偏見を助長してもよいのか?

 ・それを支えるスタッフが長時間労働で疲弊してもよいのか?

代表勝利という強化を主語にすると上記のような問いになりますが、主語を入れ替えても考えてみてください。

経済的に黒字になるためであれば

 ・代表が勝てなくても良いのか?

 ・視覚障がい者への偏見を助長しても良いのか?

 ・支えるスタッフのエンゲージメントが低下しても良いのか?

 

私自身は答えがだしにくい問いだと日々感じています。

 

だからこそ、私たちの組織としての目的が必要であり、それを一定の指標化しておくことに取り組んでいます。

 

ベクトル=(力の大きさ)x(方向性)

私たちの目的とは、ビジョンによって表現されています。

「ブラインドサッカーを通じて、視覚障がい者と健常者が当たり前に混ざり合う社会を実現すること」

ビジョンにはさまざまな定義がありますが、私たちの言うビジョンとは、ありたい社会の姿です。

ありたい姿、目指したい姿があることで、私たちの活動は方向づけられます。

方向づけとはベクトルです。

ベクトル=(力の大きさ)x(方向性)

と定義すると、代表の勝利や、経済的成功、働く人たちのエンゲージメントが高いことなどは、(力の大きさ)です。最初の端的な問いの通り、この(力の大きさ)だけでは、方向性は示されません。ビジョンが組み合わさることで、これらの力に方向づけができます。

私の提示した最初の端的な問いは、しばしば、二項対立的に「強化か経済性か」「障がい者のためか、スポーツのためか」「勝利か普及か」のように議論されます。しかし、このような「A or B」の視点からのみ議論を進めると、意思決定は難しくなります。なぜならこの議論は(力の大きさ)の比べ合いであり、方向づけの視点が欠けているからです。

 

JBFAの経営管理指標

JBFAがいまのビジョンを掲げて13年目(あるいは14年目かもしれません)。

しかし、どうやってその方向性を評価するのか、そもそもビジョンは定性的かつ抽象度が高いもので、わかりいくい、評価しにくい、という意見もいただいてきました。そこで前中期計画の際に議論されたのが、JBFAの経営評価指標でした。

 

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8つのKGIは3つの概念から成り立っています。 

 1)競技性

 2)経済性

 3)組織性

これら3つの概念をより数値化しやすいように複数概念でまとめています。

これらは、(力の大きさ)と言えます。

 

その(力の大きさ)の結果、ありたい社会的インパクト指標として3つを定義しています。

 ①視覚障がい者の社会参画・自立指数

 ②無意識バイアス指標(資料では潜在バイアスという呼称)

 ③多様性適応力指数

今回、その指標の詳細には触れませんが、(力の大きさ)の結果、社会へのインパクトを示すそれらの指標に好影響を与えることが、JBFAのビジョン達成になることだと考えています。

ただし、これら3つの社会的インパクト指標は、JBFAで扱うには手に余る大きさです。そもそもそれらを正しく測定し評価するには、多大な労力と資金も必要であり、その進捗を確かめていくことにも難儀してきました。しかし、伝えてきたように、(力の大きさ)だけでは、私たちのビジョンに進捗があるのかも見極められない。だから、少しずつでも、その進捗を示していく必要があると考えています。

 

常識に疑問を投げかける

補足として、このような概念整理があれば、既存のなんとなく当たり前のように思われていることに対しても健全な批判を持ち込めます。

たとえば、「パラスポーツの体験が広がれば、障がい者への偏見は減る」という考えは本当でしょうか?

私の理解では、これを客観的に分析した事例はあまりありません。主観的なアンケートでは「障がい者への偏見が減ったと感じる」という結果は表現されていますが、主観的態度の変化と、無意識バイアスの変容が必ずしも相関しないことがわかっています。

JBFAも、この仮説に基づいて多くの体験機会を提供しています。ただ、「パラスポーツ体験」が“おのずと” “当然のように”「障がい者への偏見を減らす」とは考えず、客観的な指標を用いながら自己点検していきたいと考えています。

「混ざり合う社会」であれ「共生社会」であれ、その実現を評価していくことはとても難しく、理想的になりすぎたりもします。でも、これらの指標をもとに継続的に見直しを行い、もう10年、20年と続けていったさきに、パラスポーツやブラインドサッカー・ロービジョンフットサルの可能性がさらに拓かれていると思うのです。